C. Tanta §1に拠れは儒帝は二千巻三百万行の匹多の法律書を五十巻十五万行に抄録したり又C. Tanta §2に拠れは儒帝は約三年の短日月に右の大事業を完成し吾人か現今見るか如き学説彙纂を編纂したりと云ふTribonianus外十六名の編纂委員は精励事に従ひたりしなるへしと雖も三年の短日月を以てしては一切の原本を読破したりと為すは疑を容るるの余地なきに非す故に編纂者は現今吾人に確実に知られさる適当なる種本【数種たると一種たるとを問はす】を参考用に供したるに非さりしかとの疑問を生す此の疑問に関しては由来数多の学者は或は研究の結果相当の証拠を提出し一種若しくは数種の隠れたる参考書ありたることを論し或は単に想像説として何等かの隠れたる参考書ありたることを言ふHeimbachは曰く学説彙纂の編纂者は必すしも常に古法学者の原本より直接に抄録したるに非す自己の労を軽減せんか為めに古法律書の数多の抄録書を利用したり此の故に学説彙纂の編纂者は僅少の歳月間に彼の大事業を完成したるは不思議とすへきに非すと(Heimbach, Prolegomena Batilicorum, Bd. VI, p. 9, Col. 2, 1870 ,,Digestorum ergo compilatores ex libris iureconsultorum antiquiorum non semper immediate, ut ita dicam hauserunt, sed laboris sub levandi gratia collectiones locorum ex libris iurisconsultorum desumtorum antiquiores adhibuerunt, Itaque mirum non est, quomodo Digestorum compilatores tantae molis opus tam brevi tempore potuerint perficere``)Hofmannも亦大体同様に説き儒帝学説彙纂の編纂者は原本の註解附の要約書の類を参考したるに因りて彼の短日月に大法典の編纂を成就したり云々と(Hofmann, Die Compilation der Digesten Justinians S. 96, 1900)Ehrenzweigも如上の説と大体同様の説を為したり(Die Compilation der Digesten Justinians, in der Zeitschrift für das Privat-und Öffentliches Recht Bd. 28, S. 339, 1901)
以上の学者は儒帝学説彙纂の編纂委員は其の読破したりと称せらるる匹多の原本の外に便宜なる幾多の参考書を利用したるか故を以て大法典編纂に費やしたる年月を短かかりしなりと為すの点に於て其の意見一致す次に梗概を述へんとするHans Peters【1886-1915戦死】は其の名論文(Die Oströmischen Digesten und die Entstehung der Digesten 1913)に於て,,Den Justinianischen Digesten ist schon eine ältere Privatsammlung vorausgegangen``なる立言を論証せんことを試みたり氏の主張は前記の諸学者と異にして一冊の謂はゆるpredigesto【此の語は伊太利の羅馬法学者故Rotondiか使用し始めたるより英仏独の羅馬法学者間の通用語と為りたりRotondi, Sul modo di formazione delle Pandette, II Filangieri p. 654, 1913但しRotondiはpredigestoの存在を否定す】の存在ありて儒帝学説彙纂の編纂者は之を使用したりと為すなりPetersの説く所にては此の種本は四百年代の終に当りて多分はBerytus法学校に於ける先生か教科用の為めに共和政末乃至法学隆盛時代末の法律書を要約編纂したるものなりPeters説の主もなる理由は次の如し
（イ）Basilica法典中にTheophilusか学説彙纂の法文に附したる註解παραγραφαίなりとして伝はるもの三十有余箇所ありPetersは是等の註解の作者を通説の如くTheophilusと認めす而して其の理由として次の如く説けりTheophilusは新勅法の編纂委員中には其の名を列せす又同法学先生の作として現今に伝はる儒帝法学撮要希臘語講義中には旧勅法彙纂を引用するも新勅法彙纂を引用したるの痕跡なし是れを以て考ふるにTheophilusは新勅法彙纂の発布前即ち五百三十四年十一月十六日以前に没したり然らはTheophilusか学説彙纂を講義したりとせは五百三十三年十二月十六日学説彙纂の発布の時より約一年内の事なり即ち五百三十四年の新学年に於て之を為したるものと見て可なり而して当時の法学校に於ては学生は学年を異にするも同一教授の講義を聴聞し又同一教授は毎学年に新学生に対して開講すへかりしなり随て五百三十四年に於てTheophilus第一学年生に対しては儒帝法学撮要及ひ学説彙纂の始の四巻(πρῶτα)を第二学年生即ちedictalesに対してはpars de iudiciis及ひ第二十三巻第二十六巻第二十八巻及ひ第三十巻並ひにC. Omnem §3を又第三学年生即ちPapinianistaeに対してはpars de rebus及ひ第二十巻乃至第二十二巻を講義したりしものと云はさるへからす然れともTheophilusのπαραγραφαίにして第二十三巻乃至第二十六巻第二十八巻及ひ第三十巻に触るるもの無し然らはπαραγραφαίは儒帝以前の編成せられたる学説彙纂即ち謂はゆるpredigestoの法文に対する註解に外ならさるも会々儒帝の学説彙纂中の法文と同一法文に対するものなりしかはTheophilusの名を以てBasilica中の法文に加へられ現今に伝はりたるなり
Predigestoの存在ありたるを立証せんとせんか為めにはPetersの提出する右の理由は根拠なき仮定と云はさるへからす第一にTheophilusは新勅法彙纂発布以前に既に死亡したりと仮定するに非されは同先生か新勅法彙纂の編纂に預からさりしの事実を説明すること能はさるか儒帝は学説彙纂制定の後にTheophilusをして帝都の法学校の講壇に立ち専ら新法典を学徒に教授するの任務に当らしめんか為めに新勅法の編纂委員中に氏を加へさりしものとも仮定することを得へく又不幸にもTheophilusは疾患の為め其の学才を再ひ立法事業に用ゐること能はさりしものとも仮定することを得ん又想像を逞ふすれはTheophilusは或事由に因りて勅勘を蒙むり一切の公務より遠さけられたりとも考へ得へし次にTheophilusの儒帝法学撮要希臘語講義中に新勅法彙纂の引用なきの一事も亦同先生の生命を短縮すへき理由とはならす右の講義は新勅法彙纂の発布前のものなりとも云ふことを得へけれはなり終はりにTheophilusの学説彙纂の註解と同先生か五百三十四年の新学年に講義したりとせらるる学説彙纂の部分と相応せすと云ふは之を断言するは固より大早計なり其の理由如何と云ふにTheophilusのπαραγραφαίは僅か三十有余現存するのみにして其の全部伝はらされはなり
（ロ）C. Omnem §1に拠れは法学校の第二学年生は旧規定にてはprima pars legumを聴講したりPetersの解する所にては茲に謂はゆるlegesは通説の如く告示を指すに非すして法学隆盛時代の学者の著書の抄録即ちpredigestoを指すものなりと然れとも当時第二学年生は之をedictales(告示科)と称し告示註解書中最も材料豊富にして研究資料として適切なりしUlpianusの告示註解の一部分を講究したり是れに由りて考ふるにprima pars legumの意義は通説の如くにしてPetersの解するか如き「前学説彙纂」に非す
（ハ）Petersはindex Florentinusに二様の不備の点あるを解くにはpredigestoの存在を認めさるへからすとせり氏は謂へらく学説彙纂の編纂委員は先つ原本を通読したる後に原本をpredigestoと対照したり委員は兼てpredigestoに精通したるか故に原本中の何れの法文はpredigestoの何れの部分に採録せられたるかを容易に見出たすことを得たるへし委員か原本とpredigestoとを対照するに当りてpredigestoに採録せられたる書にして学説彙纂の編纂当時には既に散逸し委員に於て其の書を手にすること能はさるものあることを発見したり此の如き書に付ては委員はpredigestoに見ゆる書名を直ちに学説彙纂中に採録し之をindex Florentinusには掲けさりしなり是れ同目録中に学説彙纂に引用せらるる書名も必すしも総て掲けられさる理由なり又委員はpredigestoに採録せられさる多少の原本を閲覧し其の法文を学説彙纂に採録したると否とに拘らす閲覧したるのみの理由を以て其の書名をindex Florentinus中に掲けたり随て学説彙纂には採録せられさる書なるもindex Florentinus中に其の名か見ゆるものあり
Otto Lenelは右の理由を批難して曰くindex Florentinusか学説彙纂中のinscriptionesと一致せす不完全なる理由をpredigestoと学説彙纂との関係を以て解説する以外に解説するの方法なしと云ふは早計なり或は図書館員は編纂者より依託せられ編纂員の閲覧に供せられたる法律書目を編纂し然る後編纂員の数名若しくは一名か単に其の記憶に依りて右の書目中の何の書を法典中に採録したるかを列記してindex Florentinusを編成したるなり故に上述の如き不完全の点を生したるものとも想像することを得【Lenel, Zur Entstehung der Digesten, in der Z. cl. S.-St. Bd. 34, S. 386, 1913 Röm. Abt.】
LenelかPetersの論旨第三点を攻撃する上記の理由は有力なりと言ふこと能はす法典編纂委員か成功を如何に急きたりとも単に記憶よりして問題たるindexを作成したりと想像すること能はす予は寧ろindex Florentinus題目中にPetersか其の主張に附する第三の理由の事実に反するものありと為すの説を賛成せんとすindex Florentinusの題目に曰く「極めて敬虔なる皇帝ユースチーニアーヌス本学説彙纂一名会典法書の資料を書きたる古法学者及ひ其の書の名」【本題目は希臘語なり今其の羅馬語訳を掲くれはex quibus veteribus librisque ab ipsis conscriptis constet praesens digestorum sive pandectae piissimi imperatoris Iustiniani corpus】此の題目に拠れはindex中に記載せられたる学者及ひ其の著書は編纂委員に於て単に読みたるものに非すして法典中に現に採録せられたるものなり故にPetersか想像するか如く編纂者か其の採録せさる学者及ひ其の著書の名をindexに掲載したりとは信することを許さす編纂者の誤其の他何か偶然の事由に因りて現存するか如き不完全なる目録残存するものと言ふへきなり然れとも本目録か何故に周知の如き欠点あるかは今茲に深く研究せす又此の問題は新資料の出現に因りて解決せらるるに非されは完全に論証確答する能はさるものの如し【以上Petersのpredigestoの存在に関する所説及ひ論評はLenel, Zur Entstehung der Digesten, a. a. O. SS. 373-390及ひMitteis, Hans Peters, Die oströmischen Digesten Kommentare, a. a. O. SS. 402-416に拠るPetersの原書を手にすることを得さるは遺憾とす】
Petersのpredigestoの存在を認むる説の賛成者は甚た少なし【,,Die Existenz einer vorjustinianischen Sammlung halte ich trotz Peters Ausführungen für unerweisbar, Mitteis, a. a. O. S. 41】近年Collinetは大要次の如き説を提唱したり五世紀時代のBerytus法学先生οι τησv οἰκουμένησv διδάσκαλοι(les Maîtres oecuméniques, the oeconomical Doctors)は必すしも法学隆盛時代の法学大家に比肩し得る程には非すと雖も其の学識深遠観察該博にして儒帝以前に於ける法学の進歩の功献者なり其の著作物は殆んと総て現存せすと雖も其の法学思想は学説彙纂勅法彙纂及ひ撮要の法文の多数に影響したり是等の先生は法学隆盛時代の著書に対する匹多の希臘の註解書(scholia)を作りたり学説彙纂の編纂委員は是等の希臘語の註解書を利用したるか故に約三年の短日月に学説彙纂を完成することを得たるなり【Collinet, The general Problems raised by the Codification of Justinian dans la Tijdschrift voor Rechtsgeschiednis. T. IV 1932, p. 1-30; le même, Histoire de l'école de droit de Beyrouth p. 291, 1925 Précis de droit romain avec une préface de mm. droitromain P. Collinet et A. Giffard, T. 1er p. 55, 1926には次の如く記す学説彙纂の編纂委員は種々の困難に遭遇したるに拘らす三年に満たさる短日月間に其の事業を完成したり蓋し委員等は或は儒帝以前に一抜萃書なる謂はゆるPredigestoを其の種本と為したるか若しくは寧ろBeyrouthの五世紀時代の法学先生か法学隆盛時代の著書に対する希臘語の註解書類を利用したるに因りて此の短日月間に成功したるならん】Collinetの慧眼は儒帝法典(I. D. C.)の編纂はBerytus法学校の先生の学説に負ふ所多きことを観破し該法典の重要なる一淵源として五世紀の同法学校先生の希臘語の註解に因りて儒帝以前のinterpolationesか学説彙纂【勅法彙纂中にも】中に存するに至れるなることも論断したり【Collinet, The general problems & c. l. c.】
謂ふに儒帝学説彙纂の編纂委員か該法典の編纂に費やしたる時期の長短と儒帝の明言する法学著書以外に何等かの種本【一種たると数種たるとを問はす】ありたりとの問題とは必すしも結合して考へさるへきものに非す十七名の学識該博なる当時の法律家か各自多数の助手を指揮して二千巻三百万行の原法文を閲読、抄録を為すに僅かに三年にては必すしも不可能なりしものなりとも断定することを得されはなり根本の問題は儒帝の言はさる隠れたる好資料か存在したりしや否やの点なり若し存在したりとするの証拠ありとせは編纂委員等か之を利用したりと推定するも妨けなかるへきなり右の根本問題か積極的に解決せらるるときは三年の短日月問題も当然に解決せらるへし
予は数年前より大要次の如き想像説を把持したりPetersの云ふか如き完備せるpredigestoの存在は之を承認することを得すと雖も或は諸法学校の教授等か研究上の便宜の為め一定の事項に付き法学隆盛時代の著書より抄録を為したる書及ひ少数の原本より法律の各部【ius civile, ius honorariumと云ふか如し】に付て抄録を為したる書の類にして現今吾人の知らさるもの儒帝時代に存し学説彙纂の編纂委員は之を利用したり随て編纂に要したる歳月を多少短縮し得たるものならん歟